帰国

僕の右手を知りませんか? 行方不明になりました。
・・というわけで、どうもこにゃにゃちは。無事にASのケアンズから帰国して参りました。
いやぁ、初の海外旅行としてはいい旅になったと思うような思わないような。
しかし今回思ったのだが、何処にでもいいから一度海外に行ってみるといい。当たり前だが文化や生活様式諸々において、日本と全く違う。だがこの当たり前のことを本や教科書で触れたとしても、具体的にどう違うのか分からないだろう。やはり自分の目で確かめ、肌で感じて初めて「へぇー」と分かるものだと自分は思う。そして「日本」という視野から「世界」という視野に広がるはずだ。


ただし『日本の常識は世界の非常識』という言葉があるがこれはどうかと思う。よくもこんな馬鹿げたことを言えるもんだ。日本の常識は日本の常識であって世界に通じるわけがない。例えば、アメリカにとって日本の常識は非常識であるが、日本にとってアメリカの常識は非常識である。これはどこの国でも言えることだろう。だから一概に『日本の常識は世界の非常識』とはいえない。


そういや冒頭で視野が広がる云々と書いたが、決して『地球市民』とやらになれとは言っていない。個人的に地球市民=愚者であると認知している。何故そこまで地球市民もとい、世界と共存することに固執するのかが分からない。地球市民なんぞもってのほか。
確かにこれからの時代、国々の間に生じている難問をクリアしていくには世界との共存が必要であると思う。だが世界と共存し、何があるのだろうか。もしかして「平和」などと考える人がいそうだが、そんな馬鹿げたことは言わないでほしい。軽々しく「平和のため」なんて言葉を呟いている奴がいるが、そういう奴をみかけると虫唾が走る。何が平和だ、お前は何を分かっていて平和という言葉を口に出しているのかと。
人間という動物が存在する以上、平和なんてもんはない。所詮人間なんて自利的かつ排他的で、世界的に有名なマハトマ・ガンディーやマザーテレサという人間はほんの一握りであり、他は全て私利私欲のために行動する生き物だ。こんな世界にどう平和がこようか。来るわけがない。
話が脱線したが、とにかく地球市民やグローバリゼーションというものに軽々しく便乗してはいけない。まずは自分というアイデンティティをしっかりと持つべきなのではないか。その前に地球市民とやらは、反米・反日の人達だよね?


とまぁ、本当はこんなものじゃなく旅行体験記でも書こうと思っていたのだが、どうしてこんなものを書いてしまったのか(;´ロ`)
あー、もう意味分からん。自分で何を書いているかも分からん。まぁいいや、次に持ち越し。
そういや、これまた当たり前のことだが海外に行っていると日本のニュースが全然入ってこない。だから帰ってきたとき、いろんなニュースが飛び交っているからびっくりした。そこで「目まぐるしく動いているんだなぁ。すげぇなぁ」としみじみ感じた。なんか変な気分。
あと、折さんの東京公演も無事終わったようで。お疲れ様でした。日記をみて一安心。それにドクロチームの早稲田祭も終わったようで。これまたお疲れ様でした。あぁぁぁ、どっちも行きたかったなぁ・・orz